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松山地方裁判所 平成元年(ワ)470号 判決 1994年4月25日

原告

衛藤章央

ほか二名

被告

安田生命保険相互会社

ほか一名

主文

一  被告安田生命保険相互会社は、原告衛藤孝子に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一一月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告共栄火災海上保険相互会社は、原告衛藤孝子に対し九五〇万円、同衛藤章央、同衛藤由紀子に対し各四七五万円及び右各金員に対する平成元年一一月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告衛藤孝子、同衛藤章央及び同衛藤由紀子のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は、仮に執行することができる。

事実

(略称)以下においては、被告安田生命保険相互会社を「被告安田生命」、被告共栄火災海上保険相互会社を「被告共栄火災」、衛藤由章を「由章」と略称する。

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告安田生命保険相互会社は、原告衛藤孝子に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一一月七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告共栄火災海上保険相互会社は、原告衛藤孝子に対し九五〇万円、同衛藤章央、同衛藤由紀子に対し各四七五万円及び右各金員に対する平成元年一一月七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告安田生命)

1 原告衛藤孝子の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告衛藤孝子の負担とする。

(被告共栄火災)

1 原告らの各請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  生命保険契約について

由章は、昭和五五年一二月一日、被告安田生命との間で、左記の生命保険契約を締結した(以下「本件生命保険契約」という。)。

(一) 保険契約の名称 オーダー設計の保険

(二) 保険契約者 由章

(三) 被保険者 由章

(四) 保険金受取人 原告衛藤孝子

(五) 保険契約の内容 被保険者が自動車交通事故等の不慮の事故により死亡したときには、死亡保険金のほか、災害割増保険金及び災害保険金として合計三〇〇〇万円を保険金受取人に支払う。

2  自動車保険契約について

藤渕俊昭は、昭和六三年七月九日、被告共栄火災との間で、左記の内容の自動車保険契約を締結した(以下「本件自動車保険契約」という。)。

(一) 被保険自動車

車種 自家用小型乗用車

登録番号 愛媛五六て一〇二五

(二) 自家用自動車総合保険普通約款

(1) 自損事故条項 被保険者が、被保険自動車の運行中、自損事故により身体に傷害を被り、その直接の結果として死亡したときには、死亡保険金として一四〇〇万円を被保険者の相続人に支払う。

(2) 搭乗者傷害条項 被保険自動車の搭乗者が身体に傷害を被り、その直接の結果として死亡したときには、死亡保険金として五〇〇万円を被保険者の相続人に支払う。

3  交通事故の発生

(一) 発生日時 昭和六三年七月二一日午後二時五〇分ころ

(二) 発生場所 香川県坂出市白金町三丁目一二番五号先路上

(三) 事故態様 由章は、前記自動車(以下「衛藤車」という。)を運転中、運転を誤り、大山数男運転の普通乗用車(以下「大山車」という。)に追突し、さらに、その前方を走行していた十鳥敦史運転の普通乗用車(以下「十鳥車」という。)にも追突した。

(四) 事故結果 由章は、右事故により外傷性脳梗塞の傷害を負い、同年八月一日死亡した。

4  由章は、本件事故当時、藤渕俊昭所有の衛藤車を同人の了解を得て運転していた者であり、かつ、これに搭乗していた者であるから、本件自動車保険契約上の被保険者に該当する。

5  由章の死亡により、その妻である原告衛藤孝子が二分の一、子である原告衛藤章央及び同衛藤由紀子が各四分の一の割合で由章の地位を相続により承継した。

6  よつて、被告安田生命に対し、原告衛藤孝子は、三〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一一月七日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告共栄火災に対し、原告衛藤孝子は九五〇万円、同衛藤章央、同衛藤由紀子は各四七五万円及び右各金員に対する平成元年一一月七日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)ないし(三)の各事実は認める。同(四)の事実のうち、由章が昭和六三年八月一日死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。由章は、内因性脳梗塞により死亡したものであり、本件事故とは因果関係がない。

4  同4は争う。

5  同5の事実のうち、原告らと由章との身分関係は認めるが、その余は知らない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  保険契約の締結について

請求原因1の事実(本件生命保険契約の締結)及び同2の事実(本件自動車保険契約の締結)については、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件事故発生の状況及び由章の死因について

1  請求原因3(一)ないし(三)及び(四)の事実のうち由章が昭和六三年八月一日死亡したことは、当事者間に争いがない。

2  証拠(甲第一ないし第六号証、第七号証の一ないし八、第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし三、乙第五ないし第八号証、証人筒井英太、同岡田富朗、同政本孝二、同西岡宏之、原告衛藤孝子本人、鑑定人石山昱夫)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  現場の状況

本件事故現場は、車道幅員八メートルの片側一車線アスフアルト舗装の平坦な直線道路で、交通量の多い市街地である。現場付近は、最高速度が時速四〇キロメートルに規制されている。なお、事故現場の東側六〇ないし七〇メートル付近は、ゆるやかなカーブになつている。

(二)  事故の状況

高校の教師であつた由章は、テニスの試合に出場する生徒を衛藤車に乗せて、本件事故当日の昭和六三年七月二一日午前九時ころ、松山市を出発し、高松市のグランドまで送つた後、帰宅するため、衛藤車を運転し、松山市方面に向かつて西進していた。そして、本件事故現場手前のカーブを曲がり、時速およそ六〇キロメートルの速度で事故現場の直線道路に差し掛かつた際、折から渋滞のため低速度で前方を進行していた大山車の後部左側に衛藤車の前部を追突した。さらに、衛藤車は、中央線を跨いで停車した大山車の左側を通過し、右追突地点から二一メートル進行した地点において、停車直後の十鳥車に追突し、その衝撃で前方に押し出された十鳥車は、その九・八メートル前方で停車していた植野正則運転の大型自動車に追突した。衛藤車は、十鳥車に追突した地点から一メートル前進して停車したが、衛藤車の進行方向の路面には、スリツプ痕は残されていなかった。

(三)  車両の破損状況

衛藤車は、ワゴン型の車両であり、本件事故により、前部中央部と右前照灯付近がへこむとともに、前面ガラスが割れていた(なお、フロントガラスの周囲のフレーム部分には歪みがほとんど存在しなかった。)。大山車は、後部左側と中央部付近がへこんでおり、修理代としておよそ三六万円を要した。また、十鳥車は、後部左側と左前部がへこみ、修理代としておよそ三六万円を要した。

(四)  追突後の由章の状況

由章は、本件事故を起こした後、その相手方の大山数男等から車外に出るように言われたが、そのまま車内の運転席で汗をかきながら座り続けていたところ、事故現場に来た交通係の警察官からも車外に出るように指示されたため、事故が発生してからおよそ二五分後になつて、ようやく下車した。その後、警察官に小便をしたいと申し出て、その了解を得てから小便を始めたが、ズボンの中に小便をし、尿失禁状態になつた。これを見た警察官は、由章に異常があるものと考え、救急車の出動を要請するとともに、由章を休ませていたが、その間、由章に事故の状況につき聴取したところ、由章は、「知らん。」とだけ答えた。

(五)  由章の治療経過

由章は、事故当日の午後三時五五分ころ、救急車で坂出市立病院に搬送されたところ、ほとんど昏睡状態にあり、呼び掛けにも反応がなかった。由章を診察した外科の岡田富朗医師は、救急車隊員から本件事故状況につき「由章がブレーキを掛けず追突事故を起こし、フロントガラスが破損していた。」などと聞いており、しかも、本件事故後に由章の意識が不明になつたことから、初診当時、由章の頭部に外傷がなく、かつ、レントゲンやCT検査にも異常がなかつたものの、頭部打撲・脳挫傷の疑いと診断した。同月二二日行われたCT検査の結果、由章の左中大脳動脈領域に急性脳梗塞の所見があり、失語症、右半身麻痺が見られた。そして、同月二五日から同病院の内科で治療を受けていたが、肺炎を併発し、同月二八日脳死状態になり、同年八月一日死亡した。なお、由章の治療に当たつていた筒井医師は、脳梗塞と本件事故との因果関係は不明であるが、事故による外傷性脳梗塞の可能性も考えられると診断している。

(六)  由章の死因につき、鑑定人石山昱夫の鑑定結果(以下「石山鑑定」という。)は、概略次のとおりである。すなわち、(1) 由章の臨床経過から見て、外傷性脳梗塞が発生したと仮定しても矛盾がないこと、(2) 本件事故状況から見て、本件事故以前には由章に意識障害がなかつたこと、(3) しかも、由章が、本件事故発生時、頭部を左側に捻転させた状態でフロントガラスに衝突させた結果、頸部が過伸展したものと考えられることから、外傷性脳梗塞が発生しうる外力作用があつたといいうること、(4) 由章の頭部外傷と脳梗塞の発生との間に余り時間が経つていないこと、(5) 以上の点から判断すると、「本件事故と由章の死亡との間には、交通事故がなければ、比較的稀に発生する外傷性脳梗塞といつた状態が生じ得なかつたという程度の因果関係を認めても一般医学的にはさしたる不合理はなかろう。」という結論を出している。

3  由章の死因についての判断

(一)  右2で認定した本件事故の態様及び石山鑑定を総合すると、由章は、昭和六三年七月二一日午後二時五〇分ころ、本件事故現場で追突事故を二回にわたつて起こしたことにより外傷性脳梗塞の傷害を負い、その結果、同年八月一日死亡したと認めるのが相当である。

(二)  これに対し、鈴木庸夫作成の鑑定書(乙第一一号証、以下「鈴木鑑定」という。)によれば、本件事故発生の直前、由章に内因性の脳梗塞が発症した可能性が極めて大きいというのである。すなわち、(1) 由章は、シートベルトを着用して運転していたので、フロントガラスに頭部を打ちつけることはあり得ないし、CT検査の結果でも、その頭部には皮下出血等の所見がなく、また、シートベルトの頸部圧迫も考えられないことなど、本件事故態様から見て、外傷性脳梗塞を発症させるような外力が作用したと認められないこと、(2) 外傷性脳梗塞の場合、通常、外傷を受けて脳梗塞症状が発症するまでは、意識清明期があり、その後、意識障害が発生するとされているところ、由章は、本件事故発生後、外傷がなく歩くことができるはずであるのに、車内でぼんやりとしており、下車後、尿失禁をするなど、意識清明期がないこと、(3) 由章は、大山車に追突後、急ブレーキを掛けることもなく、十鳥車に追突しており、このような事故状況から見て、由章には本件交通事故発生の直前から意識障害があり、これが原因で本件交通事故が発生したと考えられること、(4) 由章の胸部レントゲン写真や心電図から見て、由章にはもともと内因性脳梗塞の原因となるような心臓疾患があつた可能性があること、(5) 以上の点から、由章の脳梗塞が本件交通事故により発症した可能性があるとしても、高々一〇ないし二〇パーセント程度というべきであるとの意見である。

そこで、鈴木鑑定について検討する。前記のとおり、由章は、衛藤車を時速およそ六〇キロメートルの速度で大山車に追突し、その際、フロントガラスが破損していること、フロントガラスの周囲のフレーム部分には歪みがほとんど存在しないこと、石山鑑定によれば、由章の右側頭部に皮下出血(限局性浮腫)が見られること、警察官西岡宏之の証言によれば、由章は、本件事故直後、シートベルトを着用していなかつたことが認められること(乙第八号証中には、由章がシートベルトを着用していたとの記載部分があるが、西岡宏之の右証言と対比して信用できない。)などの諸事情を併せ考えると、由章は、本件事故発生時、右側頭部を衛藤車のフロントガラスに衝突させて破損したと推定され、仮に、フロントガラスが本件事故の衝撃により破損したとしても、事故態様から見て、事故の衝撃により、何らかの原因で由章の頭部が移動したり回転したりして、その頭部に外力が作用したと考えられるので、鈴木鑑定のいうように由章に外傷性脳梗塞を発症させるような外力が作用しなかつたとはいい難い。

次に、由章には、鈴木鑑定で指摘されているとおり、本件事故後、直ちに下車せず、車内に座つてぼんやりしており、警察官の指示でようやく下車したものの、尿失禁状態になるなどの異常が見られるが、石山鑑定によれば、由章は、本件事故により頭部に外力を受け、脳震盪を起こして意識障害が発生したと考えられるから、事故直後に意識障害があつても外傷性脳梗塞とは矛盾しないものと認められる。また、鈴木鑑定によれば、由章には本件事故発生の直前に内因性脳梗塞による意識障害が徐々に始まつていたという。確かに、衛藤車のスリツプ痕が本件事故後に路面に残されていなかつたことから、由章は、大山車に追突した時点では、ブレーキを掛けていなかつたと推定されるが、わき見運転等の可能性もあるから、ブレーキを掛けなかつたことをもつて本件事故直前の意識障害の存在を認めるに足りないこと、また、由章は、本件事故現場手前のカーブを問題なく曲がつて直線道路を走行していたこと、衛藤車に追突された十鳥車が九・八メートル進んで前車に追突しているにもかかわらず、衛藤車は、十鳥車に追突後一メートル進んで停車していることから、由章は、大山車に追突してから十鳥車に追突するまでの間ブレーキを掛けたことがうかがわれることなどに照らすと、本件事故発生の直前から由章に意識障害があつたと考えるのは疑問である。

さらに、鈴木鑑定によれば、由章にはもともと心臓疾患があり、内因性の脳梗塞の可能性が高いという。確かに、本件事故後の由章の心電図には心房細動が見られ、これにより脳梗塞が発生する余地があるものの、石山鑑定によれば、本件事故による精神興奮の結果、心房細動が誘発される可能性があると認められるから、心電図に心房細動が見られたことをもつて由章に心臓疾患があつたとはいえず、由章の治療に当たつた岡田医師の証言及び由章の妻の原告衛藤孝子本人尋問の結果並びに石山鑑定によれば、由章には心臓疾患がなかつたことが認められる。

以上により、鈴木鑑定は採用できない。

(三)  さらに、大慈彌雅弘作成の鑑定書(乙第一二号証、以下「大慈彌鑑定」という。)によれば、自動車事故工学の立場から見ると、(1) 衛藤車が大山車に衝突したときの相対速度は、時速約二八・三キロメートルであること、(2) 右相対速度は、由章の身体に外傷性脳梗塞を発症させるようなものではないこと、(3) 衛藤車の衝突前後の走行状態から見て、由章は、通常の運転状態にはなかつたという結論を出している。しかしながら、大慈彌鑑定は、車両の破損状況から、衛藤車の速度を算出しているが、前記のとおり、衛藤車は、時速およそ六〇キロメートルの速度で大山車に追突したものであり、このような事故態様と石山鑑定に照らすと、大慈彌鑑定を採用するのは困難である。

三  証拠(乙第三号証、第四号証、第七号証)によれば、由章は、藤渕俊昭所有の衛藤車を同人から借り受けて運転していたことが認められるから、本件自動車保険契約上の被保険者に該当するものというべきである。

四  原告衛藤孝子が由章の妻、原告衛藤章央及び同衛藤由紀子がいずれもその子であることは、当事者間に争いがない。そうすると、由章の死亡により、原告衛藤孝子が二分の一、同衛藤章央及び同衛藤由紀子が各四分の一の割合で由章の地位を承継したものというべきである。

五  以上により、被告安田生命は、本件生命保険契約に基づき、原告衛藤孝子に対し、災害割増保険金及び災害保険金として合計三〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一一月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被告共栄火災は、本件自動車保険契約の自損事故条項及び搭乗者傷害条項により、原告衛藤孝子に対し九五〇万円、同衛藤章央、同衛藤由紀子に対し各四七五万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成元年一一月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。

(裁判官 打越康雄)

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